大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和55年(ヨ)1328号 決定

申請人 落合昭人

右代理人弁護士 佐藤典子

同 今井安榮

被申請人 エッソ・スタンダード石油株式会社

右代表者代表取締役 ディ・イー・オーエンズ

右代理人弁護士 佐治良三

同 太田耕治

同 建守徹

同 渡辺一平

主文

一  被申請人は、申請人に対する被申請人福岡支店への配置転換につき、本決定送達の日の翌日から一年間赴任を猶予せよ。

二  申請人のその余の申請を却下する。

三  申請費用は、被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  被申請人は申請人を被申請人福岡支店に配置転換させてはならない。

2  主文第三項同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人の申請を却下する。

2  申請費用は、申請人の負担とする。

第二当事者の主張《省略》

第三当裁判所の判断

一  被申請人が石油製品の販売等を目的とする株式会社であること、申請人が昭和三九年二月一一日被申請人に採用され被申請人福岡営業所(現在の福岡支店)に所属し同営業所において当初はクラーク昇格後はセールスマンとして稼働していたこと、申請人が昭和四五年六月被申請人東京本社に配置転換されマネージャープラン担当となったこと、申請人が昭和四八年四月被申請人名古屋支店に配置転換され以来同支店及びその後同支店が名古屋サービスステーション支店を含む四部門に分割されてからは右名古屋サービスステーション支店において勤務してきたことは当事者間に争いがない。

そして、当事者間に、申請人の被申請人福岡支店勤務義務の有無につき争いがあることは、本件記録上明らかである。

二1  申請人がス労組合員であることは当事者間に争いがないところ、本件記録によれば本件協約三八条一項には「会社は業務上の必要あるときは、組合員に転勤または配置転換を命ずることができる。この場合、その本人の能力、経験、適性評定、健康度、志望等を考慮し、公正に行なうものとする。」との規定があることが一応認められる。また、本件記録によれば、被申請人就業規則五八条には「従業員は会社の都合により配置転換、転勤または出向を命じられることがある。配置転換、転勤または出向を命じられた従業員は正当な理由がなくてはこれを拒むことはできない。」と定められていること、申請人は入社時に被申請人に対し国内のいずれの場所に勤務を命じられてもこれに応じる旨約諾していることが一応認められる。

以上によれば、被申請人は、業務上の必要があるときは、申請人を配置転換することができるいわゆる配置転換命令権を有しているというべきである。

2  本件記録によれば、被申請人は、昭和五五年一〇月一日、申請人に対し、文書で、同月一五日付で被申請人福岡支店勤務を命ずる旨の配置転換の意思表示をしたことが一応認められる。

ところで、村田支店長が、同年七月二五日、申請人に対して「九月一日付で福岡支店へ転勤してもらいたいと思っています。」と告げたことは当事者間に争いがないところ、申請人は、右通告は配置転換命令そのものであり、同年一〇月一日の前記通告は、申請人が同年七月二五日の配置転換命令の効力を争ったため事実上延期ないし凍結されていた赴任の時期を改めて指定したものにすぎない旨主張するので以下この点について判断する。

本件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 被申請人は、後記のとおり、全国で六二名(うち申請人同様セールスマンの地位にある者は三三名)を対象とする昭和五五年九月一日付定期異動の一環として申請人の被申請人福岡支店への配置転換を計画した。ところで、申請人は当時分会連副執行委員長であり、その配置転換には、後記のとおり、本件協約三六条五項、同条覚書により分会連との協議が必要であった。

(二) 右定期異動では、申請人のほか三名のセールスマンが被申請人名古屋サービスステーション支店から転出するものとされたが、うち一名は支部副委員長申請外福江健であり、同人の配置転換には、被申請人エ労間の労働協約四六条五項、六項により支部との協議が必要であった。

(三) 被申請人は、後記のとおり、同年七月二五日、村田支店長の申請人に対する前記通告の後直ちに分会連に対し申請人の配置転換に関する協議の申込をした。また被申請人は、同日、申請外福江健に対し被申請人東京第三サービスステーション支店への配置転換の意向を伝え、その後支部と同人の配置転換に関して協議した。被申請人名古屋サービスステーション支店で、同日被申請人から配置転換の意向を伝えられたのは、右両名のみであった。

(四) 被申請人は、同年八月一一日、前記定期異動の対象者とされたセールスマン三三名中申請人を除く三二名に対し配置転換命令を発した。

被申請人が労働協約による協議対象者に対してのみ特にその余の者に先立って配置転換の意思表示をし、しかる後に右各組合に対して右配置転換に関する協議の申込をしたと考えることは極めて不自然であり、そう解すべき特段の事情もないから、以上の事実によれば、村田支店長の前記通告は、それだけで直ちに申請人の労働契約上の地位に変動をもたらす意思表示ではなく配置転換のいわゆる内示であるというべきである。なお、申請人は、被申請人は、右通告時既に申請人の被申請人福岡支店への配置転換の意思決定をしていたから、右通告は配置転換の意思表示である旨主張するが、後記のとおりかかる事実は認められないうえ、当該意思の決定後になされた右趣旨に沿う発言は常に法的効果を伴う意思表示であると解すべき根拠もないから、右主張は採用できない。

3  そこで、申請人の被申請人福岡支店への配置転換についての業務上の必要性の有無について検討する。

(一) 本件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 被申請人は、石油製品の販売等を目的とする資本金二〇〇億円の株式会社であり、その組織は、営業本部、供給本部、財務・企画本部、コントローラー本部等の各本部の下に幾つかの部が存在するという形態を採っており、東京都に本社を有するほか、全国に多数の支店を有している。申請人は、営業本部サービスステーション部所属のセールスマンであるところ、営業本部は、サービスステーション部、工業エネルギー部、工業用製品部、家庭用製品部、船用製品部、特定販売部等の販売部門と営業調査部、管理部、製品研究・技術部等の販売関連部門を統轄している。

(2) 被申請人は、「従業員の既に有している豊かな知識と経験並びに技能を発揮させることを期待すると同時に未経験の分野における知識と技能を修得する機会を与えることにより、本人のなお一層の向上を計る。」との目的の下に、毎年数十名の従業員を対象に人事異動を行っており、殊に四月頃、九月頃には多数の従業員を対象とする定期異動を行っている。そして、右人事異動は、各本部内の配置転換に留まらず、各本部間における配置転換という形で実施されることもある。また、セールスマンにあっては遠隔地への配置転換も稀ではない。なお、各支店間における配置転換の場合、配置転換後の当該従業員の職務に関しては、受入先支店によって別途に命令が発令される。

以上の事実によれば、被申請人の定期異動制度は不合理なものであるということはできない。

(二) 本件記録によれば、更に次の事実が一応認められる。

(1) 申請人の被申請人福岡支店への配置転換は、昭和五五年九月一日付定期異動の一環として計画されたものである。なお、右定期異動は全国で合計六二名を対象にしており、そのうち営業本部に所属するセールスマンは申請人を含めて三三名であり、被申請人名古屋サービスステーション支店からは申請人を含めて四名のセールスマンが他支店へ配置転換されることになった。

(2) 申請人は、昭和三九年二月一一日、被申請人に採用され、被申請人福岡営業所に所属して当初はクラーク(販売事務担当員)として稼働していたが、昭和四一年一〇月一日、セールスマンに登用された。申請人は、その後も引続き同営業所に勤務していたが昭和四五年六月一日被申請人東京本社サービスステーション部マネージャープラン課に配置転換され、更に、昭和四八年四月一日、被申請人名古屋支店に配置転換され、同支店が同年一〇月名古屋サービスステーション支店、名古屋工業用製品支店、名古屋家庭用品販売事務所及び名古屋管理事務所の四部門に分割された後は、右名古屋サービスステーション支店で勤務してきた。申請人は、被申請人福岡営業所において、セールスマン登用後当初の約二年間販売代理店担当の、その後の約一年間サービスステーション開発の各業務を担当したが、その後は昭和四五年五月末日までサービスステーション開発及びマネージャープラン担当の業務を兼務した。申請人は、被申請人東京本社サービスステーション部マネージャープラン課においてはスタッフとして、被申請人名古屋支店及び名古屋サービスステーション支店においてはセールスマンとして、専らマネージャープランを担当した。そのため、申請人の右分野における経験、知識及び技能は社内において卓越したものがあったが、反面、申請人の経験、知識及び技能は右分野に偏っていた。

(3) 当時、被申請人名古屋サービスステーション支店管内には二八名のマネージャープランマネージャーがいたが、サービスステーションの経営の継続が困難となるほどの重大な問題をかかえている者はいなかった。即ち右二八名中八名の経営するサービスステーションは財務内容が悪化しており、一部には被申請人に対し支払遅延を生じている者もあったが、これらはほとんどが通常の業務運営過程で解決可能であった。ところが、被申請人福岡支店管内には早急に経営内容の改善を要するマネージャープランサービスステーションが数軒存在した。そこで、被申請人は、申請人がその能力を十分発揮する機会を与えられる可能性は、同支店において、より高いと判断した。

(4) 被申請人名古屋サービスステーション支店は、販売課、マネージャープラン課、審査担当及び訓練担当よりなり、販売課所属のセールスマンは販売代理店を、マネージャープラン課所属のセールスマンはマネージャープランをそれぞれ担当しており、同支店には、セールスマンが販売代理店担当とマネージャープラン担当を兼ねる勤務形態はないところ、被申請人福岡支店にはそれが存在する。ところで、マネージャープランマネージャーの経営するサービスステーションは総て被申請人の所有であるところ、販売代理店の経営するサービスステーションは大半が当該販売代理店の所有であり、同業他社との競争等の克服が必要であるため、販売代理店担当のセールスマンには、マネージャープラン担当のセールスマン以上の広範な知識と技能が要求される。そこで、被申請人は、同支店勤務の経験は、申請人のセールスマンとしての知識及び技能の向上のため有益であると判断した。

(5) 申請人の名古屋市勤務は七年を越えており、これは被申請人名古屋サービスステーション支店所属のセールスマン及びセールスアシスタント合計一七名中七番目の長さであり、全社的に見てもセールスマンの同一事業所勤務年数としては、長期の部類に属するものであったため、人事管理上他の従業員とのバランスの点で問題があった。なお、申請人より名古屋市勤務の長い者六名中一名は前記定期異動により他支店に転出することとされ、その余の五名中二名は、右定期異動に伴いそれぞれ名古屋地区から東三河地区へ、尾張南地区から岐阜西濃地区へと担当を変えられて、名古屋市から転出した。また、申請人は、佐賀県伊万里市出身であり、昭和四九年までは福岡市への配置転換を希望しており、いわゆる世帯持でもなく、住居も被申請人の借上住宅であったが、前記五名はいずれも世帯持であり、うち三名は名古屋市の出身であった。

(三) 以上によれば、申請人の被申請人福岡支店への配置転換は、定期異動の一環として計画されたもので合理性を備えているというべきであり、業務上の必要性は、これを肯定することができる。

三  事前協議について

1  申請人が、昭和五一年一〇月から分会連副執行委員長の地位にありその後昭和五五年八月二三日には分会連書記長に選出されて、以来その地位にあること、本件協約三六条五項が「組合役員(中央執行委員および会計監査委員)の転勤を行なおうとする場合は、組合と協議する。支部、分会連合会三役(委員長、副委員長、書記長)の場合もこれに準ずる。」と規定しており、同条覚書が「三項、四項、五項について、会社は組合と充分誠意を尽して協議する。」と定めていることは当事者間に争いがない。従って、申請人は、被申請人と分会連との関係において、昭和五一年一〇月から今日に至るまで右条項にいう協議の対象者であるというべきである。

2  被申請人が申請人に対し前記配置転換命令を発令するに先立ち、分会連に対しこれに関する協議の申込をしたこと、分会連が右申込を拒絶して協議に応じなかったことは当事者間に争いがなく、本件記録によれば、被申請人が分会連との協議を経ることなく申請人に対して右配置転換の意思表示をしたことが一応認められる。

ところで本件協約三六条五項は、協議対象者をス労並びにその支部及び分会連合会(以下「ス労等」という。)の役員中一定の者に限っていることからすれば、当該役員の配置転換によりス労等の組織及び活動が阻害されることを防止することを目的とするものであるというべきであり、また右にいう協議とは、配置転換命令発令に際し、被申請人とス労等の双方が信義則に基づき意見の交換をなし審議を行うことと解すべく被申請人がス労等に対し全く協議申込を行わなかった場合あるいは形式的に協議を行うもそれが信義則に基づく誠実なものとはいえないというような場合には協議を経なかったものとして当該配置転換命令はその効力を有しない反面、ス労等において正当な理由なく協議に応じない等信義則に反すると認められる理由によって協議を経ることが出来なかったような場合には被申請人はス労等との協議を経ることなく配置転換命令を発することができるものと解するのが相当である。そして、ス労等の協議拒否が信義則に反するか否かは、協議申込の時期、態様、ス労等の協議拒否の理由等諸般の事情を総合的に判断して決すべきである。なお、申請人は、本件協約三六条五項、同条覚書は、被申請人に対し、配置転換の意思決定以前に、ス労等とこれにつき協議すべきことを義務付けたものであるところ、内示は意思決定を前提に正式発表前になされる非公式の意思表示であり、またス労等との協議前に本人に配置転換の内示をすることを許すことはス労等に対する個別的切崩を可能にするから、被申請人は、本人に対する内示以前にス労等と当該配置転換につき協議する義務がある旨主張するが、本件協約及び覚書等に、協議は内示前にすべき旨を特に定めたところは見当らない。

ところで内示は、一般に、正式発令前に行われる内示としての留保を付した意思表示であり、それは内定即ち、内部的意思の一応の決定を前提としていると解される。従って内示は、単なる担当者の私案の発表といったものではないが、正式発令前であることから、全く変更を許さないものと解するのは相当ではなく、情況によっては正式発令をやめたり、内容を変更することもあり得る留保付の意思表示と解するのが相当である。被申請人のなした本件内示が右の如き趣意のものではなく、正式発令と同視し得べきものあるいは正式発令までの間に変更不可能な程確固たるものであったことを認めるに足る疎明はない。すると本件内示も一般の例に従ったものと解するを相当とすべく、内示後の協議は無意味であるとか、協議をしたことにはならないということはできない。そのほか協議に先立つ本人への内示がス労等の個別的切崩に繋がるとは必ずしもいえないことを考慮すれば、結局、内示前に協議する義務がある旨の申請人の主張は理由がない。

3  本件記録によれば、前記二2で認定した事実のほかに更に次の事実が一応認められる。

(一) 被申請人は、前記定期異動において、申請人の代替要員として中口を予定し同人を被申請人福岡支店から被申請人名古屋サービスステーション支店へ配置転換することにし、昭和五五年八月一一日、同人に対し右配置転換の意思表示をしたが、その際、他の配置転換対象者の場合とは異なり、赴任時期の指定はしなかった。しかし、被申請人は、同日、「人事移動並びに担当地域の変更について」と題する文書で被申請人名古屋サービスステーション支店従業員に、「弊社内人事移動に関して」と題する文書で販売代理店店主及びマネージャープランマネージャに、それぞれ中口の同支店への配置転換を発表し、更に同月二二日同支店マネージャープラン課のセールスレップ会議(セールスマン会議)で同旨の発表を行った。そして、同年九月頃には、同支店において、同支店名の入った同人の名刺が準備されており、また、書類箱にも同人の名札が挿入されていた。更に、同人は、右セールスレップ会議及びその後に開かれた歓送迎会に出席し、同月二三日には名古屋市内において住居を捜した。

(二) 前記定期異動案は、同年七月二四日、被申請人東京本社から被申請人名古屋支店に伝えられた。ところで、同支店は、同日午前九時一〇分頃から、分会と団体交渉についての事務折衝を行ったが、同日中に申請人の配置転換につき被申請人東京本社から指示があるものと考えていたので、翌二五日に分会連とこれについての協議を行うべくその時間を確保するため、右事務折衝においては、分会との団体交渉は二五日午後に行うと回答したのみで、その時刻は指定しなかった。そして、その後同月二四日中に、右のとおり、被申請人東京本社から定期異動案の連絡があったので、同日夕刻、分会に対し、団体交渉の時刻は従来より三〇分繰下げ午後四時三〇分とする旨伝えた。

(三) 村田支店長は、同月二五日午前九時五分頃、申請人に対し、「九月一日付で福岡支店へ転勤してもらいたいと思っています。」と告げた。これに対し、申請人は直ちに「拒否します。」と発言したが、同支店長は、更に言葉を続けて申請人に対し、「但し、貴方はス労中京分会連の副委員長ですので、労働協約に従って組合との事前協議の結果をもって最終的に意思決定することにします。」と伝えたうえ、申請人の右発言の趣旨を問うた。申請人は、これに対して、「私は組合の重責を全うしたい。会社は事前協議をしていないではないか。」と答えたので、同支店長は、申請人に対し、重ねて、「先程お話ししたように、組合とは別途協議します。十分協議したうえでファイナルにします。」と告げた。一方、内藤次長は、同日午前九時一〇分頃、分会連書記長申請外河合勝に対し、事務折衝の申入を行い、同日午前九時三〇分頃から行われた分会連との事務折衝において、口頭で申請人の被申請人福岡支店への配置転換に関する協議の申込を行い、更に、同日午前九時四五分頃、分会連に対し、文書で右協議のための団体交渉を同日午後三時三〇分から開催するよう申込んだ。なお、右事務折衝において分会連から「本人に先に話すのは今までの遣り方と違う。ルール違反をするな。」との抗議があったので、同次長は、「本人という人格を全く無視して組合のみと話をするのは片手落であり、ラインから話はしたが勿論本人には組合と協議してから決めるということを言ってある。」と説明した。分会連は、右団体交渉の申込に対し、同日夕刻、同次長に対して即答できない旨回答するとともに改めて同月三〇日事務折衝を行うよう申入れた。

(四) 分会連は、同日の事務折衝において、被申請人に対し、緊急案件として組合案件を議題とする団体交渉を申込んだ。被申請人はこれに応じ、同日、同年八月一四日、一九日、二一日、二六日、同年九月二日、一〇日と七回に亘って組合案件に関する団体交渉を持った。右各期日における団体交渉の経過は、以下のようなものであった。

(1) 同年七月三〇日分会連は、同月二五日分会連との協議前に申請人に対して配置転換の通告をしたのは本件協約三六条五項、同条覚書違反であるとして右通告の撤回を要求した。被申請人は、右要求に応じることを拒否したうえ、右通告は内定通告でありその決定は協議後に行う、分会連にはすでに協議の申込をしている旨主張するとともに、前記内藤次長の説明と同旨の説明をした。更に、被申請人は、昭和五三年九月に分会連副執行委員長中村和憲の配置転換に関し同条項違反であることを認めて謝罪したのは、協議前に最終通告をしたからであると釈明した。

(2) 昭和五五年八月一四日被申請人は、人事権は被申請人にあるが分会連三役については本件協約三六条五項、同条覚書に従って事前に分会連と協議を行う、事前とは被申請人が当該配置転換について最終決定する前の段階である旨主張し、分会連は、本人に通告する前に分会連と協議すべきである旨主張した。また、被申請人が、前回の内定通告とは内示の意味であると説明したところ、分会連は、昭和五一年九月の栗原の配置転換問題に関する団体交渉において被申請人は内示には業務命令性があると述べているとして、被申請人に対し、内示の業務命令性の有無について質問し、右団体交渉の経過を調査するよう要求した。

(3) 昭和五五年八月一九日分会連は、被申請人に対し、前回と同旨の質問をした。被申請人は、昭和五一年九月の栗原の場合は、協議前に最終通告をしたが、申請人の場合はこれとは異なる旨説明した。

(4) 昭和五五年八月二一日被申請人は、昭和五一年九月の栗原の配置転換問題に関する団体交渉の席上で被申請人が内示に業務命令性があると述べたとすればこれは誤りである旨説明し、分会連の要求に応じて、その旨を文書化した。なお、被申請人は、同文書に、昭和五五年七月二五日の申請人に対する配置転換の通告はその内示である旨併せて記載した。

(5) 同年八月二六日及び同年九月二日分会連は、被申請人の内示の業務命令性に関する発言は過去の団体交渉における発言と一貫していないと主張し、被申請人は、同年七月二五日以来一貫していると主張した。

(6) 同年九月一〇日被申請人は、分会連に対し、総合的な説明を行ったうえ、団体交渉を打切った。

(7) なお、分会連は同年八月二一日以降の団体交渉において、被申請人に対し、中口の配置転換について質問したが、被申請人は、同人は本件協約三六条五項、同条覚書による協議対象者ではないとして、これに対する回答をしなかった。

(五) 被申請人は、同年七月二五日以降も、分会連に対し、同年八月一一日、一四日、一九日、二二日、同年九月三日、一〇日、一二日、一六日の各事務折衝及び同年八月一四日、一九日、二一日、二六日、同年九月二日、一〇日の前記各団体交渉で申請人の配置転換に関する協議の申込をした。また、被申請人は、その間、分会連に対し組合案件との並行審議、組合案件細部の棚上、その協議のための団体交渉における同時審議等の提案も行った。しかし、分会連は、「通告の撤回」又は「組合案件の結着」の後でなければ協議に応じられないとしてこれを拒否した。被申請人は、同月二二日の事務折衝において、分会連に対し、更に文書で同月二三日に申請人の配置転換に関する協議を行うよう要請したが、分会連がこれを拒否したので、同月二六日の事務折衝において、分会連に対し、文書で、これまでの経過を慎重に検討した結果分会連には協議に応じる意思はないものと判断せざるを得ない旨通告した。なお、分会連は右各文書の受領を拒否したので(但し、いずれもそのコピーを取って保管した。)、被申請人は、これらを掲示板に貼示した。そして、被申請人名古屋支店は、分会連との交渉が暗礁に乗上げた旨伝えて被申請人東京本社に指示を仰いだ。同本社は、同月三〇日、被申請人名古屋支店に対し、同年一〇月一日に申請人に対し同月一五日付で被申請人福岡支店への配置転換命令を発令するよう指示し、被申請人名古屋支店は、これに従った。また、被申請人は、申請人の右配置転換の決定と同時に、中口の同支店への赴任時期を同日と決定し、同月一日、同人に対し、その旨を伝えた。そして、同人は、同月三一日、同支店に赴任して同年一一月一〇日から同支店における勤務を開始し、現在、従前申請人が担当していた業務を担当している。なお、同人が従前担当していた被申請人福岡支店の大分駐在は空席のままである。

4  そこで、右事実を前提に、分会連の協議拒否が信義則に反するものであるか否かについて検討する。

(一) 被申請人は、予めそのための時間を確保したうえ、前記定期異動案が被申請人名古屋支店へ通知された後速やかに、分会連に対して申請人の配置転換に関する協議の申込をしており、右は定期異動の正式発令日からは二週間余、その発効日からは一か月余それぞれ先立つ時期なのであるから、申込の時期が遅きに失したということはできない。しかも、被申請人は、申請人の代替要員として予定された中口についてのみ、他の定期異動対象者とは異なり、赴任時期の指定をしないで配置転換の意思表示をしているのであるから、当初より、申請人の配置転換については右定期異動の発効日にはこだわらず分会連と十分協議を尽す意思を有していたものということができる。なお、申請人は、被申請人がその従業員、販売代理店店主及びマネージャープランマネージャーに対し中口の被申請人名古屋サービスステーション支店への配置転換を発表したこと、同人が同支店マネージャープラン課のセールスレップ会議や歓送迎会に出席しその後名古屋市内で住居を捜したこと、同支店が昭和五五年九月頃同人の名刺や書類箱を準備したこと、その後の同人に対する赴任時期の指定日や指定された赴任時期が申請人に対するそれと一致していること等を根拠に、申請人の配置転換は決定済であり、被申請人はこれにつき分会連と誠意を尽して協議する意思はなかった旨主張するが、被申請人及び同人が同人の配置転換を前提とする手続を進めたことは、分会連との間で組合案件についての団体交渉が継続中でありしかも分会連に対して協議申込を繰返している時期の行為としては、分会連との間に誤解を生ぜしめる可能性がありその意味において最善の処置であったといい得ない面もあるが、当時協議が開始されその結果申請人及び同人の配置転換が同月一日あるいはそれに近い時期に実現する可能性があると考え、右事態を想定してこれに伴う手続をスムーズに行うためにしたものと解することができ、また、右両名の配置転換を決定した後においてはその発令日及び赴任時期等をできる限り一致させようと配慮することは当然であるから、右事実の存在は、右認定を妨げるものではない。

(二) 被申請人は申請人に対して分会連との協議に先立って配置転換の内示をしているが、前記のとおり本件協約三六条五項、同条覚書には協議は内示をする前に行わなければならない旨規定されていないこと、村田支店長は右内示に際し最終決定は分会連との協議を待って行う旨付言しているのであってその際同支店長に申請人に対して意思決定を迫るような不当な言動があったとは認められないこと、分会連に対する協議の申込は右内示の直後に行われていることからすれば、被申請人の右行為は必ずしも不当なものであるということはできない。

(三) 分会連の協議拒否の主たる理由は、申請人に対し同年七月二五日分会連との協議に先立ち配置転換の通告をしたのは本件協約三六条五項、同条覚書に違反するというものであるところ、前記のとおり右は内示にすぎず分会連の批判は必ずしも当を得たものとはいえないうえ、被申請人は分会連と七回に亘って組合案件について団体交渉を持って右の旨を説明し、更に同年八月二一日の団体交渉において内示は業務命令ではなく、申請人に対する同年七月二五日の通告は配置転換の内示にすぎない旨記載した文書を分会連に差入れているのであるから、被申請人は、分会連の協議拒否の理由を解消すべく努力したものということができる。

(四) 被申請人が組合案件についての団体交渉において分会連の中口の件に関する質問に対し回答することを拒否したことが、被申請人と分会連との摩擦を強めたことは否めないが、被申請人が同人に関して採った措置は必ずしも不当なものであるとはいえないうえ、被申請人と分会連との間において同人の件は申請人の配置転換と直接関連する限度で問題になるにすぎずこれは本来申請人の配置転換に関する協議の中で取扱われるべき性質のものと解されるから、右事実の存在は直ちに協議そのものを拒否する正当な理由となり得るものではない。

(五) 被申請人は、同年七月二五日以降同年九月一〇日までの間に事務折衝あるいは団体交渉の場において分会連に対して一五回に亘って協議の申込を行っており、その際協議の方法についても諸種の提案を行っているほか、同月二二日の事務折衝においては更に文書で同月二四日に協議を行うよう申込み、同月二六日には分会連には協議に応じる意思がないものと判断せざるを得ない旨の最後通牒を発して協議の開始を要請しているのであるから、協議開始のために最大限の努力をしたということができる。

以上によれば、分会連は、少なくとも、同年八月二一日内示に関する被申請人の見解が文書で示された後は直ちに被申請人との協議に入るべきであったというべきであり、その後の分会連の協議拒否は頑なに自説に固執した不当な態度というほかなく、信義則に反するものと認めるのが相当である。

5  従って、被申請人が分会連との協議を経ることなく申請人に対して配置転換の意思表示をしたことは、本件協約三六条五項、同条覚書に違反するものではないというべきである。

四  不当労働行為について

1  前記のとおり、申請人の被申請人福岡支店への配置転換には業務上の必要性があるものということができるが、本件記録によれば、更に次の事実が一応認められる。

(一) ス労は、被申請人及び申請外モービル石油株式会社の従業員によって構成された労働組合であり、下部組織として一三の支部及び分会連合会を有している。分会連は、分会、名古屋油槽所分会、伏木分会及び三国分会より構成された右ス労の下部組織の一つである。現在、分会連に所属する組合員は二三名であり、うち分会に所属する者は一〇名(執行委員長一名、副執行委員長二名、書記長一名、執行委員六名)である。

被申請人は、昭和五〇年九月、分会執行委員長申請外川崎慶治及び同副執行委員長申請外端山忠彦を被申請人名古屋支店から他支店へ配置転換し、更に昭和五一年九月、分会連副執行委員長兼分会副執行委員長の地位にあった栗原を含む三名の分会連び分及会組合員を被申請人名古屋支店から他支店へ配置転換した。申請人は、従来組合活動にはあまり積極的ではなかったが、右各配置転換により人材が不足したこともあって、昭和五〇年一〇月、分会執行委員(組織部長)となり、昭和五一年一〇月には、分会連副執行委員長兼分会執行委員長となった。申請人のその後の分会連及び分会における地位は、分会連に関しては、同月から昭和五五年八月二二日まで副執行委員長、同月二三日から今日に至るまで書記長、分会に関しては、昭和五一年一〇月から昭和五三年八月まで執行委員長、同年九月から今日に至るまで書記長というものであり、申請人は、現在、分会連及び分会の中心的活動家の一人である。

(二) 被申請人と分会は従前月二回程度の割合で団体交渉を行っていたが、昭和五三年八月二八日以降、被申請人が、分会が団体交渉の議題にしようとしている事項は被申請人が過去の団体交渉において回答を示したものか、被申請人名古屋支店に解決能力のないものにすぎないと主張して当該案件を団体交渉の議題とすることを拒むようになったことから紛争が生じ、分会は、昭和五四年二月一九日、二六日には団体交渉の開始を求めてストライキを行った。右争議は、同月二八日、従来事務折衝において確認していた団体交渉の議題を団体交渉の場で確認するということで両者が合意に達し、同年三月五日、右を目的とする団体交渉が開催されたことで解決した。ところが、被申請人は、その後昭和五四年九月七日の団体交渉において被申請人側団体交渉担当者申請外沖田光弘が分会側担当者の態度は団体交渉の場に相応しくないものでありこのままでは正常な団体交渉は望めないと判断して審議の打切を行って以来、同旨の主張をして分会との団体交渉を拒否するようになった。そのため、団体交渉の再開を求める分会と、分会側団体交渉担当者の態度是正と団体交渉のルール作りを要求する被申請人との間に紛争が生じ、分会はストライキを繰返したが、被申請人が、昭和五五年一月二八日、分会に対し、団体交渉のルール確認のための団体交渉を開催することを提案し、同年二月一二日、右を議題とする団体交渉が開催されて右争議は解決した。

分会は、右各争議の際に、被申請人名古屋支店でビラ貼を行い(その際、特殊化学接着剤を使用したこともあった。)、また職場内デモ、管理職者に対する詰問等を行ったが、被申請人は、同月一五日、申請人、分会執行委員長申請外池田晃一並びにス労中央執行部副委員長兼分会連及び分会執行委員申請外糟谷一郎を、昭和五四年二月一六日から昭和五五年一月二九日までの間前後六〇回以上に亘って違法なビラ貼付、ゼッケン着用、吊るし上げ、職場内デモ、脅迫、出構妨害等の行為を自ら行い、また企画、立案、指導、遂行したとして五日ないし七日の出勤停止処分に付した。これに対し、分会は、その撤回を求めて同年八月二〇日までの間だけで合計一一回のストライキを行った。また右三名並びに分会連及び分会は、同年七月三〇日、右出勤停止処分の効力を争って、名古屋地方裁判所に出勤停止処分無効確認等請求事件を提起し、同事件は、現在同裁判所で審理継続中である。

(三) 申請人の被申請人福岡支店における担当業務は、少なくとも当初は大分駐在である。右大分駐在の定員は一名であり、同所には事務所等の物的設備はなく自宅を職場にして執務する必要がある。また、その担当地域は、大分県を中心に、宮崎県北部及び北九州の一部と広い。

2  以上によると、申請人に対する本件配置転換によって、申請人の組合活動上の地位に少なからぬ支障を生ずることが認められるが、一方被申請人は、前認定の如く申請人に対する配置転換命令権を有し、かつ配置転換を命ずるに足る相当の理由を具有していることが明らかであって、直ちに右配置転換を不当労働行為と認めることはできない。

もっとも申請人に対する組合活動上の不利益、即ち、本件配置転換により申請人は分会連及び分会の役員の地位を失い、また中心的活動家としての活動の場を失うことを被申請人において知り、かつそのような結果になることを容認して本件配置転換を命じたものであるとしても、右は配置転換に伴なう当然の結果であって、配置転換の効果として職場環境、生活環境が変ることをもって、不当労働行為意思を推定する根拠とすることはできない。即ち、労働組合の役員が業務上の必要性に基づいて配置転換され、その結果当該労働組合の活動が阻害されることがあっても、そのこと自体をもって不当ということはできず、また配置転換の結果当該従業員の生活関係にある程度の支障が生じても、それが配置転換に通常付随する程度のものと認められる限りやむを得ないものということができる。そして大分市への引越自体がもたらす負担、定員が一名であることや自宅を職場にして執務しなければならないことあるいは担当地域が広くなることによって生じる支障等は、配置転換に通常付随する程度のものであり、申請人において、当然に甘受すべき性格のものであるといわねばならない。

更に考えるに、被申請人が、本件配置転換を命ずる際、申請人の分会連及び分会における活動を嫌悪し、また前記出勤停止処分撤回斗争を弱体化する目的を有していたのではないかと想像されるのであるが、これら申請人の諸活動が組合活動として正当なものである限り、これら組合活動を嫌悪してこれを理由に配置転換をすれば、明らかに不当労働行為意思に基づくものということができるが、本件においては、前記の如く、配置転換を命ずる相当な理由があり、被申請人において正当な配置転換の意思を有していたことも一面において事実であるから、これら複数の動機が競合して配置転換が行われた場合であると認めるのが相当である。そこで動機競合の場合として判断するに、本件記録を検討するも右不当労働行為意思が決定的動機となって本件配置転換が行われたと認めることはできない。その他本件記録によるも被申請人が過去に不当労働行為を繰返し行ってきた事実は認められない。

すると本件配置転換をもって不当労働行為であるとし、これを無効とする申請人の主張は理由がない。

五  権利濫用について

1  前認定の如く、本件配置転換は会社業務の必要性に基づく正当なものであり、不当労働行為とは認められないが、申請人が被申請人を被告として提起している出勤停止処分無効確認等請求訴訟については、被申請人は特別の配慮を要するものと解される。即ち申請人は他の二名の組合員と共に昭和五五年二月一五日出勤停止(申請人につき五日)の懲戒処分を受け、他の二名及び分会連、分会らが原告となって同年七月三〇日名古屋地方裁判所に訴を提起したものであるが、右は前認定のとおり団体交渉のあり方をめぐって、分会と被申請人名古屋支店間で紛争が生じ、団体交渉の再開を求める分会はストライキを繰返したこと、その後団体交渉が開催されて争議は解決したが、被申請人は右争議中、申請人ほか二名に懲戒処分に相当する行為があったとして前記出勤停止処分をし、そのため分会はその処分の撤回を求めてストライキを繰返している状況にあることを考えると、昭和五五年七月当時は分会と被申請人名古屋支店間の紛争は膠着化し解決の目処は立っていない状況にあったというべく、かかる状況下で申請人ほかが裁判所に対し前記出勤停止処分無効確認等請求訴訟を提起し、訴訟手続を通じて紛争を解決しようとしたことは、基本的に評価、尊重しなければならない。従ってこのように紛争当事者の一方が、紛争解決の手段として訴訟に訴えたことを尊重すべきものとする以上、他の一方の当事者としてもその訴訟の遂行、完結に協力する信義則上の義務があるというべきであり、訴訟進行を阻害する結果となる行為は可能な限り差控えるのが相当である。

すると本件申請人に対する配置転換は実質的要件を具備した有効なものではあるが、直ちに赴任を命ずるとすれば、右訴訟進行に関する他の原告又は原告ら代理人との打合せ等が十分に行われず、攻撃防禦に万全を期することが困難となる。そして一旦赴任すると大分市と名古屋市との距離関係を考慮すれば連絡を密にすることもできず、結局において訴訟の進行を阻害する虞れなしとしない。従って配置転換と訴訟進行の両要請を調和の観点に立って判断すると、被申請人は本件配置転換命令を有効としてその効力を維持しつつ、申請人の訴訟遂行にも配慮し、そのための打合せ期間を与える趣旨において、赴任義務を一定期間猶予し、右期間経過後に赴任させることとし、もって訴訟進行に関する被申請人として許される協力義務をまず履行し、そのうえで本件配置転換を最終的に完結すべきものとするのが相当である。

そして前記訴訟が訴提起後弁論期日を重ね通常の速さで進行していることは当裁判所に顕著であり、その後現在まで約一年を経過したことを考えると、今後猶予すべき期間は本決定送達後一年間とするのが相当である。

結局本件配置転換は、有効ではあるが、被申請人に今後一年間赴任を猶予すべき信義則上の義務が付加されているというべきである。

右以上に本件配置転換が権利濫用であると認めるに足る事情は見当らない。

2  なお、前記訴訟は、申請人に対する配置転換の内示後に提起されているが、配置転換命令自体は右訴訟提起後に発令されており、また当時分会が前記出勤停止処分の撤回を求めて争議中であったことを考慮すれば、右訴訟は申請人の配置転換を妨げることのみを目的としたものと断ずることも困難であるから、右事実は、前記認定を覆すに足りるものではない。更に、被申請人は、出勤停止処分に値するような行為をした者がその効力を争って訴訟を提起すれば今度は人事権を制約することができるとすることは極めて不合理である旨主張するが、権利を侵害されたと考える者が訴訟を提起してその救済を求めることは当然であり、たとえ権利を侵害されることがあっても裁判制度を通じて最終的にはその救済を受けることができるとの信頼感が重要であるから、訴訟遂行権は、当該訴訟の提起が専ら他の不当な目的達成のために出たものでありこれを保護することが著しく正義に反すると認められる特段の事情がない限り、保護を与えられるべきであると解すべきところ、本件の場合かかる事情を見出すことは困難であるから、右主張は採用できない。

3  すると申請人は、本件配置転換に応じ被申請人福岡支店に赴任し、同支店で勤務する義務はあるが、右赴任義務は、本決定送達後一年間猶予せらるべき地位にあるというべきである。(なお赴任義務猶予の理由を前叙の如くに解する以上、現実に赴任を開始するまでは配置転換命令発令直前の職場において就労すべきものと解する)

六  保全の必要性について

本件記録によれば、申請人が被申請人から被申請人福岡支店への配置転換命令に基づき赴任を迫られていることが一応認められ、また前記五で認定した事実によれば、申請人が右赴任により回復し難い著しい損害を被る虞れがあることが明らかである。

七  以上によれば、申請人の被申請人に対する本件仮処分申請は五において認定した限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として却下し申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 棚橋健二 福崎伸一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例